Zorki 4 + Industar-50 f3.5/50

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Photo by Noboru Yasuta.

(注:写真は Jupiter-8を装着したもの)

 ソ連製のバルナックライカのコピーカメラ。KMZ , Krasnogorsky Mekhanichesky Zavod (Krasnogorsk Mechanical Plant:クラスノゴルスク機械工場)製、1956〜1973年の間に約 170万台製造されたそうな。ちなみにこの会社は、Moskvaシリーズ、Zorkiシリーズ、ZENITシリーズと作り続けている老舗と言っても良いところなのだろうけど、名前は

「クラスノゴルスク機械工場」

このあたりがソビエトっぽくてとても良い。名前の響きには、「重工業こそ命」という心意気さえ感じられる。日本だったら、もっと洒落た名前に変えてしまっているだろう。たぶん、

「クラスノゴルスク・オプティカル・システムズ(略称:KOS)」

とか、サラッとしたものになるだろう。いや、これでもまだ「クラスノゴルスク」の"ゴルスク"あたりに重い金属を感じる。それならこうしよう

「クラスキー・オプティック・コーポレーション」

これだけ、どうだろうか?これなら、軽い。クリーンルームでコンタクトレンズか悪くてもシニアグラスなんか作っていそうな感じさえしてくる。しかし、こんなふぬけた名前では、Zorkiなどの名機の生産は無理だっただろう。やはりここは一つ日本風に

「倉科権助機械工場」

と似たような発音で改名するべきだ、、、

こんなことをいきなり書いていると、お客さん帰ってしまうといけないから、まじめに書こう。

 Zorkiはもともとウクライナの FEDから技術の供給を受けて、クラスノゴルスクで生産されたバルナックライカのコピーカメラである。レンズは M39スクリューマウントだから、世界中で生産されたLマウントレンズが使用できる。その後 FEDは主にソビエト国内向け、Zorkiは輸出向けとして発展した。輸出向けとは言っても、ソビエト国内でも大量に出回ったはず。そうでもなければ、私が Zorkiをロシアから引っ張ってこられるわけがない。一応輸出用に生産されたせいか、品質はおおむね良い。

 だいたい私はロシアカメラを愛用しているから、だいたいその性格は想像できる。言ってしまえば、ある程度の諦めをもって接している。だいたいから日本製品のような品質に対する絶対の信頼感など持てるわけもない。

 レディから航空便で送られてきて、ハコの中から出てきたこのカメラも、がっしりとした印象だが、特に期待をしていなかった。

 しかしながら、私はいじくり回しているうちに、私はかなり驚愕した。このカメラには何ら問題点を発見できなかったのである。昨今のロシアのがさつな製品に慣れてしまっている私は、

「これは本当にソ連製なのだろうか?」

と深く疑いの気持を持たないわけには行かなかった。第一精密感が漂っている。どう見てもまじめに作られた製品だ。西側製品と比べても全く遜色ない。決してFED5のようにウォツカを飲みながら作られたようなレベルのカメラではないのである。ちなみに私の友人であるウクライナのイゴール君はロシア製品の品質レベルの低さを以下のように説明している。

old russian habitude to leave main work at the end of month.

つまり、月のはじめ・中間はのんびり仕事をやって、月末になると、ノルマを達成するために慌てて仕事をするのだ。当然その時期に作られたものは、いい加減になる。日本では考えられないようなことであるが、まぁ、たぶんそれがロシア人がロシア人たる所以だろうな。

 しかし、これは間違いなくいいカメラだ。

 ちなみに今、安原一式がすごい勢いだが、オーナーから聞いた話によると、使用感はあまり良くないそうだ。多分そうだろう、と私が予想していたとおりだ。なぜなら、安原一式は中国の鳳凰カメラ工場で作られており、私が持っている鳳凰カメラの操作性とあまり変わらないに違いないと踏んでいたからだ。鳳凰カメラは中国製にしては良いカメラである、しかし、それは値段が 1万数千円の場合である。5万円もするカメラであの操作性だったら私は怒る。そうは言っても、素晴らしいコンセプトだし、買った人も後悔していないと大満足だし、私がどうこういうような問題ではない。だいたいウクライナのFED工場に

「FED1を当時の品質で再生産してくれ」

とお願いして、あっさり無視された私が安原一式を云々は出来ない。あれだけのことをやっただけ凄い。

しかしそうは言っても、Zorki-4は鳳凰よりも操作性で遙かに高級、触っているだけで満足感が私を魅了する。

 これだけ立派な製品を作る技術があったのなら、もう一度作ればよいと思うがいかがなものか?ロシア人だって、給料遅配せずに、将来の夢を与えればちゃんと仕事をするのは間違いない。私のアシスタントレディがいい例だ、そこら辺のぐうたら日本人(含、私、爆)よりもずっとよく働く。そのかわり給料もそこら辺のロシア人とは桁外れだ。ちなみにまだ私は給料遅配をしたことがない。でも、毎月いつもやばかったりする。そのうち愛想を尽かされるのではないか、と雇用主である私がいつも心配している。

 それはよいとして、昨今のLマウント・ブームで品薄感がある Lマウントカメラだ。このカメラに露出計、パララックス自動補正さえつけてしまえば、現行製品として立派に世界に通用するのは保証する。何なら、私が日本で販売したっていい。

 それはさておき、このカメラは立派な厚手の皮ケースに入って、私の手元に届けられた。大事に使われたようで、皮ケースの内側、レンズの当たる部分には、レンズが傷つかないようにガーゼが詰めてある。この心遣いは憎い。しかも皮ケースの内側には、さっぱり理解できないロシア文字と、その横にシャッタースピードがマジックで書き記されている。きっと露出の目安だろう。これを見る限り、恐らく前のオーナーはあまり写真撮影に慣れていなかったことだと思える。慣れていたら、露出計なしでも昼間なら焼き付け可能な露出を当てることができるからである。当然、スライドフィルムなど使っていないことは想像に難くない。

 私の想像であるが、このカメラはきっとお父さんが家族写真を撮るためのカメラだったのだろう。一年に数回、家族のイベントがあるときには、決まってお父さんがこの立派なカメラを肩から颯爽と提げて、記念写真を撮ったに違いない。たぶん、お父さんとカメラは同じほどの威厳があったのだと思える。ここまで背景がわかれば、このカメラがどのように使われていたか想像でき、私の頭の中には一つのストーリーが出来上がる。

 たぶんお父さんの名前は、ボリスだ。そしてお母さんの名前は、ナターシャ。きっと2人の子供がいて、姉はユリア、弟はミーシャだ。ミーシャといってもクマとは全く関係がない。本名はミハイロビッチとか言うのだろうな(これってもしかして名字なのかな...?)。ウンコビッチとかオヨヨビッチとか、そういう名前だと設定が大幅に狂ってしまうので、ここはとりあえずミーシャにしておいて欲しい。

 それで、秋晴れの美しい休日。家族で森にキノコ狩りに来た、というのが私のロシア人家族の休日の過ごし方の典型的イメージだ。自分でもかなり偏っていると思うが、レディが私のところに送ってきた写真には、キノコがたくさん写っていた。絶対にロシア人はキノコが大好きなんだ。ちなみに私は子供の頃、親が無造作に取ってきたキノコに当たってから、椎茸以外は食べたいと思わない。松茸は好きとか嫌いと言うほど食べたことさえないから、このさい別の次元の話である。そんなことはどっちでも良いが、話は10年前のロシアに戻る。

お父さん:「さぁみんな、キノコもたくさん採ったし、湖のまえで写真を撮るよ」

と言うだろうな。お母さんはもちろんすぐにお父さんの言うことを聞くし、娘のユリアもおとなしい子だから、ちゃんと言うことを聞いてお母さんの横に並ぶだろう。しかし、ちょっとやんちゃで遊びたい盛りのミーシャは走り回っていて、なかなか並ばないんだな。初めはボリスお父さんも気長に説得しているんだけど、しまいにキレて

「ミーシャ、何度いったらわかるんだ!」

と、ミーシャを叩くんだ。で、ミーシャの幼児期の記念写真はいつも泣き顔である、と。でもお父さんはやっぱり優しいから、この金属製のカメラでミーシャを殴ることはない。

 しかし、時は10年ほど経ち、残念なことに、最近この家族は、日本製の押すだけで写るコンパクトカメラを手に入れてしまい、このZorki4は誰でも失敗なく写すことができる日本製コンパクトカメラにその座を奪われてしまって、仕方なく売られてしまったのだろう。悲しいことだ。きっと誰でもきれいに写すことができるコンパクトカメラが家族にやってきたとたん、お父さんの威厳もどこかに吹っ飛んでしまったのは間違いない。

 今や、外見だけは、ほっそりと美しく育った娘のユリアも、日本の子ギャルみたいに生意気な口を利いて、コンパクトカメラを振り回し、パチパチやって、プリントに色を塗ったりする始末である。嘆かわしいことだ。

 また、弟のミーシャはワル仲間とつるみ、道路に唾を吐いたり、タバコを吹かしてみたりと、ロクなことを覚えない。当然家族の記念写真は、一人だけ他校になぐり込みに行く前のような形相でガンつけて写っていたりする。これじゃぁ、将来はロクなオトナになれないな。

 やっぱりお父さんはコンパクトカメラなど使ってはならない。意地でも威厳が漂う金属製のカメラを使うべきだ。それは家族の秩序と幸せのためであるのだ。Zorki-4を売って、日本製コンパクトカメラなどを買ってしまうからこういうことになる、といういい例だ。

 こういう設定もある。工業学校を出て、鉄鋼会社に就職したばかりのニコライエフは学生の頃から写真が好きだった。もちろん、その頃ロシアにはモノクロしかないから、現像・プリントまで自分でやる。狭い家に家族と同居しているので、いつも薬品の匂いが臭い、と家族から苦情が出るけど、いつもそれを強引に押し切って自分の趣味を優先させている(何だかオレみたいだな)。

 このニコライエフはとうとう初任給で、憧れのZorki-4を手に入れた。100ルーブルもしたけど、これからずっと使うなら、いいものを買うべきだ。これなら、BelOMO製のシルエット・エレクトロなどというインチキ臭いAEカメラを使っている同期の連中を出し抜いて憧れのエレーナを落とすことができるかもしれない。なんといってもロシア男児だったら、フルマニュアルで、ライカコピーじゃないと、しまらねーよ。

 ニコライエフは人当たりがよいので、口八丁で、エレーナをデートに誘うことに成功して、当然クレムリンの前あたりを二人で歩くわけだ。

 せっかくだから、エレーナをモデルに自慢のZorki-4で写真を撮ろうと目論むわけで、ちょっと気の利いたジョークを飛ばして、リラックスさせようと努力をするだろう。

「エレーナ、見てごらん、あれがデパート"子供の国"の隣のビルだよ」

とKGBビルを指して、つまらないジョークを言ってしまい、エレーナを震え上がらせてしまうわけだ。KGBは当時とても恐れられていたのだ。そんなところで写真を撮ったとしたら、運悪くすると、国家秘密漏洩罪でシベリアのラーゲリにぶち込まれて、強制労働10年という刑を食らいかねない。これでニコライエフは二度とエレーナとのデートは期待できなくなった。青春の苦い一ページである。

 結局ニコライエフはその後エレーナには相手にされず、ルーシャという女性と結婚したが、今はすっかりルーシャもデブになり、毎日家に帰ってくるのが憂鬱である。誰も好きこのんで、毎日わざわざ見苦しいデブを見に家に帰って来たくはないだろう。仕方がないから、ルーシャには「残業だ」とウソをついて、隠れてウォツカを飲んで時間を潰し酔っぱらって帰ってくる。酔っぱらっていれば、ルーシャが太っていてもさほど気にならないし、気合いを入れれば何とかセックスもできるだろう。しらふではとてもデキルような相手ではない。

 そんなある日、倉庫を掃除していたら懐かしの Zorki4を見つけた。そういえば、エレーナに振られてから、写真をずっと撮っていなかったなぁ。甘くもちょっぴり苦い青春時代を想い出し、しばし感傷にふけったが、結局カミさんに隠れてウォツカを買い込むためのへそくりをひねり出すために売り払うことにした。いま、このカメラでカミさんを撮っても面白くもなんともない。やっぱり、手っ取り早くウォツカを飲んだ方が幸せだ。

 そういえば、近所に古いロシアカメラをいい値段で引き取ってくれる若い女性がいるなんていっていたなぁ。名前は、えーと、エレーナとかいったっけ...あぁ、昔憧れたエレーナと同じ名前かぁ。

 このようないきさつがあって、結局このZorki4は日本にやってきて、私の手元に転がってきた(ホントかよ?)。

あっ、私はいつの間に一体何を書いているのだろう?

 そんなことはどうでも良いが、私はやっと熱望していたまともなレンジファインダーカメラを手に入れた。最近 KIEV35Aから始まって、シルエット・エレクトロ、LOMO135BCとピント目測カメラばっかりだったのだ。これでやっと2mコンベックス持ち歩きから生活から開放される。ホッと一息の瞬間で、私は祝杯を挙げたい、とそんな気分だ。

 レンズは Industar-50 f3.5/50mm。このタイプのZorkiにはJupitar-8がついたタイプもある。インドゥスタールは LOMO135にも搭載されている素晴らしいレンズだ。でも、このレンズも LOMO135と同じで、絞りノブが使いにくい。問題はこれだけだ。使ってみたところ、どうも LOMO135のインダスターよりも立体感描写に欠けるような気がする。というか、LOMO135のインドゥスタールが凄すぎるのだ。LOMOもアタリレンズを作ったりハズレを作ったり、何とも不安定な会社だ。そこがまた良いところであるかも知れない。

 せっかくのレンジファインダー・カメラだから、絞りはf2.0欲しいところだ。これはいずれ Lマウントレンズを探してきて、つけてみよう。と思ったが、このカメラを私の先生に見せたら、

「言い値でいいからすぐに売ってくれ」

と言われてしまった。最近私の手元にはカメラが残らない。