Horizon 202

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 久しぶりに自分のカメラを購入した。

 私はたまにとんでもなくたくさんのカメラを所有されていると誤解されるときがあるが、実は自分のカメラは数台しかない。理由は非常に簡単。カネがないためである。その他にもまだ理由はある、例えば、

「よくモノを壊す」

「使わなくなる」

「ゆっくり写真を撮っている暇がない」

「置いておくスペースがない」

等々、自分で書いていて情けなくなるような事ばかりだが、本当だから仕方がない。

 実際私はものの扱いがダダクサな方で、その証拠にこのカメラを買った次の日には、ホットドッグのケチャップをボディの上に落としてしまい、真新しいホリゾンはいきなりケチャップ臭くなった。マスタードでなかったところが不幸中の幸いである。

 でもそんな私でもどうしてもカメラが欲しくなるときがある。スランプに陥ったときである。私程度のものが「スランプ」云々と偉そうなことを言うのは少々小恥ずかしいが、そんな私でも自分の撮っている写真がいつも似ているなぁ、と悩むときがあるのだ。気付いていらっしゃる方は多いかと思うけど、私の写真はある一定のパターンを持っていて、写っているものが少々違っているだけで、基本的な構成があまり変わっていない。普段は自分でもあまり気付かないが、たくさん撮っているとそれをひしひしと実感するようになる。

 こうなるともうイヤになる。

 写真を撮りたいんだけれども、写真を心から撮りたいと思っているんだけれども、シャッターを押せない。

 写真が撮りたくなくなるのだったら、これは酒でも飲んで寝てしまえば良いのだから話は早い。困ったことに写真は依然として撮りたいのである。これは一種のストレスとなり、黙々と煙ばかりあげるようになる。タダでさえタバコの量が多い私としてはあまりよくない傾向だ。

 やっぱりこういうときには解決策は一つしかない。気分を変えることが出来るようなカメラを買うことである。別に買わなくても良いが、誰もタダでくれないので、とりあえずは買うしか選択がない。でもやっぱりカメラは買った方が気分の変化は大きいと思う。

 今回、悩んだのはロシア旅行中だった。28mmBiogonレンズを持っていったのだが、上がる写真のほとんどが散漫で、全然 28mmの画角を使えていない。それでもやっぱり 28mmは使いたいのだ。これは何が問題なのだろう?自分のウデが問題なだけである。しかし、それを認めたところで、絶対に気分は変わらない。

 こう言うとき、無性にカメラが欲しくなる。

 この時、私はローライ・プレゴミクロンが売られているのを発見して、迷い迷った。これは確かシュナイダーの28mmレンズがついていたものだ(違っていたら済みません)。これならきっと写真が変わるに違いない。

 変わりはしないって...。

 でも何とかその場を通り過ごしたのだが、カメラが欲しいという感情は絶対に無くならない。次の日は意を決して気分ががらりと変わるようなカメラを買うことに決めた。

 つまりこのホリゾン・パノラミック・カメラ。

 街中で買っても面白くも何ともないから、せっかくなのでモスクワ郊外にあるクラスノゴルスクの工場までいって直売品を買うことにした。これなら日本に帰ってきても

「えぇ、うちのホリゾンは工場で出来立てのものを買いましたので」

と自慢ができる。パンやビールではないのだから、出来立てだろうが、期間をおいていようが何ら変わりがあるわけではないが、これは気分的な問題である。

 そして私の長いクラスノゴルスクへホリゾンを買い求める旅が始まった。

 まず、朝早起きして、ホテルの世話番のおねーちゃんにクラスノゴルスクの位置を教えてもらうことから始まる。大きなモスクワの地図を広げるんだけれども、おねーちゃんは事もあろうに首を傾げながら、地図の外を指さした。そこには当然メトロの駅も市電の路線も何もなかった。やっぱり本当の郊外だったのだ。

 しょうがないから、ホテルに入っているインツーリスト・オフィスに行き、タクシーよんでもらおうと思ったけれども、値段が800ルーブル(3200円)程と言われて、公共交通機関でいくことに決めた。たぶん外でたむろっているタクシーを拾っても2000円ぐらいはかかるだろう。別に2000円ならイイかなぁ、というものであるが、どうも現地にいると、非常に高いような気がしてしまう。

 クラスノゴルスクへの行き方は、そんなに難しくはない。メトロのチューメンスカヤという郊外の駅まで行って、その駅の上に出れば、そこが郊外電車の駅になっているので、正しい方角の列車に乗り、3つ目の駅がクラスノゴルスクである。プラットフォームは一つしかないが、ここで間違った方角の列車に乗るとモスクワ市街に戻ってしまい、元の木阿弥になる。

 そんなに複雑な経路ではないのでロシア語がわかればとても簡単だ。しかし、私はロシア語がわからないので、正しい方角の列車に乗るのにも

「クラスノゴルスク〜、クラスノゴルスク〜」

と道行く人に連呼して教えてもらわないといけない。

 列車に乗っても乗り過ごさないように、駅に着く度に列車の中で隣に座っているロシア人のおばさんに、

「クラスノゴルスク〜、クラスノゴルスク〜」

と連呼して、確認しないといけない。この行為は相当目だって恥ずかしいが、こういうときにロシア人というのはとても親切であるから、叱られることはない。中国でこう言うことをやると間違いなく怒鳴り散らされる。

 寂しいクラスノゴルスク駅に着いたら着いたで、工場への方角を身振り手振りで訊いて歩き始めたが、何しろ本当に郊外である。こんなところに工場があるのだろうか?と心配になるぐらいの郊外だ。タクシーも走っていない。運の悪いことに雨まで降ってきた。しかも傘を持っていない。

 唯一発見した道行く親切そうなおじいさんに訊いたら、親切にバス乗り場まで連れていってもらえて、いくつめのバス停でおりなさい、と指折り数えて教えてもらい、オンボロバスに乗ってやっと到着した。おじいさんの教えてくれた道は正しかった。

 夢にまで見たクラスノゴルスク工場である。ロシア語がわからない私でも

КРАСНОГОРСКИЙ ЗАВОД

というキリル文字ぐらいはわかるし、輝くばかりのKMZマークも見える。ちなみにここまでの交通費はメトロの乗車賃:3ルーブル(12円)のみ。郊外電車も切符の買い方さえわからないから、キセル。バスも同じ。改札も来なかったし、誰にも咎められなかったが、ちょっと心苦しい気分だった。

 しかし、この工場に着いたところで、どこに直売店があるのかさえわからない。受付のおばちゃんに訊いたら、ここじゃない、と言われ、1時間ほど散々たらい回しされた挙げ句、一つのビルにたどり着いた。ちなみに受付のおばちゃんが不親切なわけではない。一生懸命説明してくれるのだが、私が理解できないだけなのである。たぶん相手の方も私の意図を理解していないと思う。クラスノゴルスクの工場まで来て散々つまづいている。目当てのホリゾンは目の前のはずなのだが...。

 言葉が話せない、というのはこれ程不便なことか、と実感したところだ。

 たぶんクラスノゴルスクの工場中のビルを全て訪ねたのではないか。最後に行き着いたこのビルの受付のおばちゃんに、

「これ以上たらい回ししないで欲しい、私はホリゾンが買いたい」

と涙ながらに日本語で訴えたら、おばちゃんはあっさりと一つの部屋に案内してくれた。これでダメならモスクワに帰ろうかと思った。

 これで話が終わるわけではなく、まだまだ苦労は続く。みなさん読んでいてウンザリしてくるでしょう?でも実際やっている人間はもっとウンザリしているんです。

 せっかくだから書いておくことにしよう。

 私は直売店というのは一応店の形式になっていて、お兄ちゃんか何かがいて、

「ホリゾン一個おくれ」

と言ったら、ツーとカーで

「あいよぅ!ホリゾン一丁!」

という感じで、お金を渡したら、ZENITマーク入りのビニール袋に入れて、ヒョイと渡してくれると想像していた。たぶん多少の違いはあるだろうが、その様に想像するだろうと思う。

 しかし、その想像は見事に外れた。

 連れていかれた部屋は、ロシアのおばちゃんが総勢 11人。たぶん事務室か経理室で、書類整理をやっていたり、計算をしていたり、電話をかけていたり、どう見ても直売所とはほど遠い雰囲気である。しかも何だかガヤガヤしているし。うーん、私にここでロシアのおばちゃん達を相手に何をせよ、と言うのだろうか?と不安な気持ちになってきた。

 しかし、おばちゃんにカタログと値段表を渡されたので、やっぱり一応直売所なのだな、と一安心な気分。

 しかし、商品はすぐには出てこない。

「10分待っていて」

と椅子を出されて、両側に恰幅の良いおばちゃんに挟まれて、ちょっと窮屈な思いをしながら待たないといけない。

 しかも、

「パスポート」

とパスポート提示を要求されてしまった。なんで戦時中でもあるまいし、カメラを買うのにパスポートを提示しなくてはならないのだろうか?と不思議になったが、まぁ、減るものでもないし、素直に応じてしまった私である。ここで問題起こして、ホリゾンを売ってもらえないとなったら今までの苦労は何なのだろう?と言うことになってしまう。ロシア旅行中は、何はなくても絶対にパスポートとビザは携帯しておかないといけません。

 10分待って、と言われて10分で出てくるわけがないことはわかっていたが、かれこれ30分以上待っているのではないだろうか。きっと受注生産で、注文が入ってから組み立てているんだろうなぁ?きっと今頃、レンズをはめ込んでいるところで、変に急かすとおざなりに組み立てられてしまいそうだなぁ、と勝手な想像をしながら、おばちゃん達の仕事ぶりを見ていた。

 しかし、この部屋には立派なことにコンピュータが一台もない。みんな手作業。KMZと言えば、ロシアでは最大規模の光学機器メーカーのはずである。日本で言ったらさしずめニコンかキャノンあたりに相当しても良いはず。私はニコンやキャノン本社のオフィスを見たことがないが、絶対にこういう寂れた学校の一室のような雰囲気でないことは断言できる。間違いなく白を基調としたピカピカの部屋で、パソコンがズラリと並んでいて、若くてキュートなおねーちゃんたちがにこやかに仕事をしているだろう。

 うーん、これは何と表現したら適切だろうか、うーん、シュールレアリスティックではないだろうなぁ。うーん、おばちゃん達のシャツの上から透けたブラを見ながら、これは何というサイズなのだろうなぁ、と唸りながら、もしおばちゃん達が痩せていて、20歳ほど若ければ2時間いても飽きないだろうなぁ、と思いながら待っていて、やっとお目当てのものがやってきた。

 確かに使われた跡はないけど、どう見ても今ラインから上がったという感じではないな、と思ったが、とりあえず持ってきたフィルムで巻き上げ巻き戻しチェックをして、OK。ここでやっと終了。街中で買えばホテルを出てから 1時間で済むことである。まだ、私にはクラスノゴルスクから、モスクワに帰る、という行程が待っている。

 せっかくここまで来たのだし、わざわざスーツも着てきたので、輸出関係の責任者と会わせてもらおうと、おばちゃんに頼んでみたら電話をつないでくれて、あっさり「オフィスに来て下さい」と言われた。私一人だと彼のオフィスに着くのは数時間後になるだろうと踏んで、頼み込んで車で送ってもらった。そこは何と初めにやってきたビルだった。

 このディレクターというのが、甲高い声で話す山師っぽい男で、果たしてこの男が本当にKMZのエキスポート・ディレクターなのだろうか?と心配だが、信じるしかないだろう。たぶん相手も、遊び人ぽいネクタイを締めた私が本当にグレート・ジャパニーズ・ビジネスマンかと疑っていたことだろう。ちなみにこのオッサンは英語がペラペラだった。ちゃんと始めからエレーナに電話をかけさせて、このオッサンに話を通しておけば、この様な苦労はなかっただろうな、と後悔したが、それはもうしょうがない。とりあえずここでの話の内容は企業秘密となるので、ここでは公開できない。

 そうそう、ルサール20mmのデッドストックはないか?と訊いたら、そのディレクターは唸りながら、

「倉庫に残っているかも知れないなぁ、今度探しておこう」

と言ってくれたが、絶対に探してくれないだろう。こういうものは間違いなく口約束で終わる。ロシア的感覚から言ったら、絶対に倉庫にデッドストックは転がっているはずだが、欲しかったら自分で倉庫に乗り込むしかない。

 また、

「KMZの製品で一番好きなものはどれか?」

と訊かれて、私は、Zorki-2と答え、いつものクセで長々と Zorkiシリーズのすばらしさを説明し始め、

「この製品にパララックス補正機能と1/1000秒のスピードシャッターを付けて、この製品レベルで再生産したら、日本製品に絶対に勝てます。明日は我々が世界を制覇できます、、、云々」

と椅子から立ち上がり、KMZのエキスポート・ディレクターに向かい調子に乗って講釈を垂れていた。私はこの時点でなぜかかなり興奮していて、講釈と言うよりも演説になっていたようだ。たぶんレーニンもここまで立派な演説はしなかっただろうと自分勝手に悦に入っていたら、ディレクターの興味のなさそうな目に気付いてしまい、照れ笑いをしてその場を繕ったところである。恥ずかしいと言ったらこのことだ。

 何とかホリゾンを買ってモスクワに帰り着いたのは午後の3時を回っていた。ここまで苦労して、値段は街中で買うのとそんなに大した差があるわけでもなく、一体私の一日は何だったのだろうか?と考え込んでしまったが、このページを書くネタができただけでも良かったとしたい。

 カメラの説明は次のページに書くことにする。

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